雑文

思いついたことを

東京のゴミゴミした街並みに狂いそうになった話

僕は地方の郡部で生まれ育った。実家があるところは住宅街ではあるが、周りには山や田んぼ、畑があった。駅までは歩くと70分くらい。特徴は特にないのんびりした地域だ。

そんな田舎から東京の大学に入学(80年代後半)した僕は都心?の豊島区雑司が谷に住むことになった。大学の学生課で見つけた安アパートだ。ちなみに豊島区には池袋がある。

兄と一緒にアパートの内見にいったときから分かっていたことではあるが、雑司が谷の街は細い道が曲がりくねっており、その密度が凄まじい。かつては広めの家があったところを分割して4,5軒も家を建てたものだから、同じ番地の家が4,5軒あるのも普通である。もちろん畑などあるわけないし、緑地はほぼ無い。

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雑司が谷

新しいキレイな住宅もあるが、戦後間もない頃に建てられたような古い木造の家屋も多く残っている。(ネットで見ると今でも残っているようだ。)その無秩序なカオスと息が詰まる空間の狭さに僕はかなりつらい思いをした。メンタルが削られる思いがした。

最初は慣れるのではないかと思った。でも、一年半くらいいたが全く慣れることはなく、メンタルが押し潰されるような想いをした。

クラスメートにつらさを話してみても、誰も共感してくれる者はいなかった。生理的な感覚なので理解できない人にはまったく理解してもらえない。それが余計に僕をつらくさせた。東京のゴミゴミした環境に適応できる者が上京しているのだから、それも当たり前である。

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雑司が谷

僕は大学に夢と希望を持って上京し、そしていろいろな理由があって東京を去った。その理由の一つが東京の街になじめなかったことである。
結局、その後、僕は都下の郊外に引っ越して再起を図ることができた。雑司が谷から離れて30年以上経つが、今でもストリートビューで探索するだけで道の狭さに圧迫感を感じ、軽く心臓がドキドキしてくる。

都心はたまに訪れると楽しいところであって、僕にとって住む場所ではなかった。それが身にしみてわかった雑司が谷体験だった。